-Uri Column- / Comics


手塚治虫は、漫画の神様だそうな。

手塚治虫を漫画の神様と、いつ、誰が呼び出したのかは知らない。また、ほんとうにそうなのかどうかも、知らない。でも、言われりゃそうだよなぁ、って思ってしまうのは確かだ。じゃぁいったいどうしてそう思うのか。あくまでもメモとして、思いつくまままとめてみた。


まず、量と質について。
とにかく多作であること、まずはその一点において、手塚治虫は評価されうる。
ただしいわゆる「トキワ荘」時代の作家や「花の二十四年組」は往々にして多作であり、石ノ森章太郎、永井豪、藤子不二雄、萩尾望都、山岸涼子など多作な作家は枚挙に遑がない。が、手塚治虫の作品数はおそらくそれらを凌駕するのではないだろうか。実はきちんと調べずに書いている(なにしろ“メモ”ですから)ので、このあたりはあくまでも印象上のことだけれど。
また、多作であるということに関連して、ストーリーテラーというよりもむしろストーリーメーカーとしての評価も成立する。
SF、メルヘン、冒険、スペクタクル、医学、政治、社会など多岐にわたるジャンルにおいて、「物語」的なエンタテインメントから思想、さらにはフィロソフィカルな作品まで、手塚治虫におけるストーリーの深度は極めて多層的である。それは読者の成長と無関係ではなく、読者の要求に応えるというよりもむしろ読者を先導もしくは啓蒙するかのようなスタンスで作品を創りあげてきた。
極言すれば、漫画のあらゆる可能性を実験し、実践し、作家・読者両面にノウハウとして提供した、とも言える。これはもう、神様の称号にふさわしい業績だろう。

もう少し具体的に考えてみる。
最初は、手法の確立。
作品性のような概観的な話ではなく、たとえばコマの自由度を極端なまでに解放するという発想と研究と試行錯誤の成果は、その後のマンガのテクニックにおいて看過できない先鞭性を獲得している。神様と呼ばれる所以である。
反面、スターシステムと呼ばれる同一(と思われる)人物による役の持ち回りは手塚のみがなし得た手法といっても過言ではなく、強いて継承者を挙げるとすればとり・みきぐらいしか思い浮かばない。
もちろんある作品の登場人物を別の作品に登場させるのはよく使われることではあるが、それは作品世界の中でも同一性を維持したまま登場するわけで、まったく違う役柄を与えられるスターシステムとは異質の手法であるので注意(するほどでもないけれど)。
手塚治虫の特殊性は、ややもすればギャグとして認知されてしまうリスクの高いこの手法を、極めてシリアスな作品でもまったく違和感なく導入した点にあり、これは多作であることと極めて強力な相関関係にあるといえる。

で、社会批判・政治批判・反体制的体制批判。
もともと子どもの娯楽であったマンガを、成人の鑑賞に充分堪えうるものとして進化させた要素の一つに、手塚作品の社会批判・政治批判が挙げられる。
『きりひと賛歌』や『MW』『奇子』などはその嚆矢であり、マンガが文化の一員として社会に認知されたエポックメイクな瞬間(って言ってしまえば大げさすぎるかもしれないが)であったのではないか。
もちろん、成人向け(エッチな意味じゃなくってね)の漫画はつげ義春や永島慎二、小島剛夕など(すごく乱暴かつ乱雑な並べ方ではあるけれど、これはあくまでも“メモ”ですから)によって確立されてはいたので、子どものためのメディアだったものを大人の鑑賞に堪えうるものにしたのは手塚治虫一人の功績ではなく、むしろその意味においては手塚治虫は後塵を拝していたと言える。
けれどつげ義春のように自己の内面に向かうベクトルをもって私小説風に(これも強引な言い方になるけど、やっぱり“メモ”ですので)表出させるのではなく、体制に対する批判を展開するいわば作品としてのパブリシティを付加させたり、小島剛夕のようにタッチとストーリーのみを成人向けにした劇画(うわぁ、暴言です、はい。でも“メモ”でございますればご容赦の程を)とは一線を画した一人の糾弾者としての姿勢は、その後の漫画文化に大きな影響を与えた。
もちろんたとえば『サイボーグ009』における反戦的なメッセージや、『天才バカボン』におけるインテリジェンスへの痛烈なアイロニーといった作品も散見されるものではあるが、やはりより直截的なアンチテーゼを唱えた作品として、それらは他作品と区別されてしかるべきかと思う。
これはある意味で究極の冒険であり、それの結果は云々されるべきものではなく、ただ「やった」ことのみを評価するべきかと愚考する。
うーん、やはり神様と呼ばれても仕方ないかもしれない。

さて、思想性。
『ブラック・ジャック』を通して描かれた生命への深遠とも言えるテーマの追求は、一言、すごい。
たとえば

「医者はなんのためにあるんだ」(6巻/少年チャンピオンコミックス/秋田書店、以下同)

という問いは、

「それでもわたしは人を治すんだっ」「自分が生きるために!!」(9巻)

という決意として表明されはするが、やがて

「天地神明に/さからうことなかれ/おごるべからず/生き死にはものの常也/医ノ道はよそにありと知るべし」(12巻)

そして

「人間が生きものの生き死にを自由にしようなんておこがましいとはおもわんかね?」(15巻)

という諦観に変貌する。いや、これはむしろ昇華と呼ぶ方が正しいかもしれない。
とにかくなにがすごいって、これを少年誌でやってしまったのである。

言うまでもなく、「生命」というテーゼはライフワークである『火の鳥』でも思索を繰り返されているが、同時に『火の鳥』ではそれ以外にも「時間」という大きなモチーフが横たわっており、マンガによる作家の思想(思索と言い換えても可)の表現は手塚治虫によって先鞭をつけられたと言ってもいい。
どうも神様と呼ぶしかないような気がしてきた。

このほかにも、ピカレスクな作品に挑戦してしかも成功したり、インモラルな主題に敢えて取り組んでみたり、とにかく作家としての振幅の広さはフーコーの振り子もびっくりなのである。

夏目房之介をして「手塚治虫は僕のマンガの潜在意識だ。」(『夏目房之介の漫画学』/ちくま文庫)と言わしめたり、いしかわじゅんに「<影響>を否定してしまっては、戦後の漫画は、すべて手塚治虫の模倣である、といういいかただってできる。」(『漫画の時間』/晶文社)とまで極論させる手塚治虫は、やっぱり神様だったんだ。

ただ、それはあくまでも「作家として創作し、発表された作品」をもってしての呼び名であって、手塚治虫という一個人の人格とはまた別の話である。と、思う。

Last Update : 2004/03/08

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