-Uri Column- / Misc


心の枝に天使がとまって歌を口ずさんで飛んでった。

浜崎あゆみに宇多田ヒカル。一青窈に鬼束ちひろ、MISIA、etc, etc...。

最近の(でもないけれど)女性シンガーの一つの傾向として、間違いなく「歌唱力」が挙げられる。
この歌唱力をもう少しネチっこく言うと、確かな音程であることはもちろん、高音をたっぷりの声量で美しく伸ばせるとともに、演歌とは微妙に角度の違う叙情を演出できること、って言ってもそんなに遠くはないと思う。

瓜生的には歌唱力ってばやっぱり吉田美和ダントツだったりするが、歌を聴いて「うまいねぇ」とタメ息をつくことができるのが、少なくとも最近の(とは限らないけれど)主流だったりするような気がする。

そんなときに、つじあやのの「恋する眼鏡」を聴いたものだから、ものすごく新鮮だった。

国の内外を問わず(洋の東西、というのか?)、ミュージック・シーンにとても疎い瓜生としては、「つじあやの」という名前すら知らなかったのだけれど、例の『猫の恩返し』のテーマソングとしてFM802あたりで一日に何度もかかってた『風になる』がとても気持ちよかった。

で、「恋する眼鏡」を聴いてみた(カミングアウトしてしまうと友達から借りてしまった)のだけれど、やっぱりとっても気持ちよかった。

つじあやのの歌声は歌唱力なんて大上段に構えたものではなく、いちばん正確な表現としてまさに「口ずさむ」ような歌声なのがとてもいい。

車を運転しながら、とか。お風呂に入りながら、とか。洗い物をしながら、とか。人ってきっと、なんにも考えていないときに、ふっと歌を口ずさむものであって、たとえば台所にマイクを置いて洗い物で使う水の流れる音をきれいに消して、アコースティックなバックバンドの演奏と差し替えたら、きっとつじあやのになっちゃうのかもしれない、なんて思ってしまうほど、その歌は肩に力を入れずに口ずさんでいるように思える。

だから聴く方も、「うまいねぇ」なんてタメ息をつかなくても、つまり肩に力を入れなくても、彼女の歌う歌を“いっしょに楽しんでいる”ように聴くことができるのかもしれない。

音を押しつけるのではなくさりげなく横に置いてくれるような、そんな安心感のある彼女のサウンドには、ウクレレというちょっと控えめで含羞っぽい楽器はまさに打ってつけなのだとも思う。

彼女の「歌唱力」を考えてみると、音程は確かである、とは言い切れないし、高音を力強く伸ばすようなしんどいこともしない。むしろ、フレーズの最後は「短めの音を少し下げ気味にフラットさせて投げ出すように」終わらせてしまう。これがオーディションとか歌謡教室とかだったら、きっと審査員や先生に怒られるような、そんな中途半端な投げやりな、音の始末の仕方である。

この手の歌い方はきっと矢野顕子を彷彿とさせるかもしれない。けれど矢野顕子のそれが、本人が演出の一つとして、つまり意識してそのように歌っているのがそのうちにスタイルにまで、さらにはオリジナリティにまで昇華したのとはまったく異なっていて、つじあやのの音の始末の仕方は、「ただそーゆー風に歌うのが楽しいからそれでいいじゃん」的なのがうれしい。

知り合いの知り合いが、出始めの頃の彼女を見て「こいつはタダモンやない!」って看破したらしい。すごい。瓜生は今頃になってやっと彼女の歌声に出会い、三十路も残すところあとわずかというのに原付を転がしながら、うろ覚えの歌詞をうろ覚えのメロディに乗せてデタラメに歌ったりしている。それはそれで、またいい。

と、ここまで書いて「口ずさむ」よりもっと近い表現に気づいた。
そう、彼女はまさしく「さえずって」いるんだ。

5月21日に新しいアルバムがリリースされるらしい。
きっとまた、素敵なさえずりを聴くことができることを期待して。

■つじあやの公式ページ■
うららかさん
http://www.jvcmusic.co.jp/speedstar/uraraka/

このページで、新アルバムの全曲が試聴できます。瓜生、思わず全部聴いちゃいました。グッドです!

Last Update : 2003/05/15

<< back to TopPage