-Uri Column- / Misc


恋をしてしまったことがあってね、と、その社長は語った。

数年前、仕事でとある制作会社の社長としんみり話をしたことがあった。その社長は恋してしまっている自分にとまどったことがあると、語った。

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結婚が、単なる法制上の手続きによる社会認知であるという議論には、あまり意味がないと思う。
実際、瓜生は結婚して5年になるけれど、籍をまだ入れていない。それでも社会認知という点からは、ヨメさんと瓜生は“夫婦”として認識されている。いわゆる、事実婚とか既成婚とか言われる類の結婚形態になるのだろう。

結婚の定義として、3等親以上の他人と共同の生活を営む、という考え方もあるけれど、単身赴任や、あるいは共働きの形態によっては、まったくあてはまらないケースも多々ある。
そう考えると、あまり意味がないと言ったばかりの前言を翻してしまうが、確かに法的手続き“のみ”が、結婚の唯一の定義になるのかもしれない。

もちろん、いちばん大事なのは「本人の意識」であって、極論すればそれさえ夫婦二人ともが共通に認識しているのであれば、法律なんて関係なくなるわけで、どんなに距離が離れていようが、数年に一度しか会えなかろうが、極論すれば相手の生死に関わらず、二人は夫婦であり得る。

『竜馬がゆく』のエピソードで、坂本竜馬が若い頃世話になった千葉道場の娘・さなこが、竜馬との最後の別れの場面で不覚にも涙ぐんでしまい、慌てた竜馬が自分の着ていた紋服の片袖を引きちぎってその涙を拭いたらしい。
さなこは生涯その片袖を大切にしまい、竜馬こそが自分の夫であると信じ続けたとある。
おそらくこれも、立派に(そして少し極端な)結婚のケースに数えられると思う。

数年前、仕事でお世話になっている、とある制作会社の社長としんみり話をしたことがあった。その社長は、結婚してから(もちろん奥さん以外の女性に)恋してしまっている自分にとまどったと、訥々と語った。

もちろん奥さんを愛しているし、子供たちもそれ以上に愛している。でもね、男としてその女性に恋してしまったんですよ。それはもう、まわりから見ても恋しているのがすぐにバレるくらい、その子の前ではドキマギしちゃってね。あれは自分でもどうしようもなかったなぁ。

男も女も、人である以上は恋をし続けるものなのかもしれない。結婚したから恋はもうしません、なんて器用なことができたら、世の中もっとうまくいっていると思う。

自分の心の中で、俺と女房は夫婦なんだ、という認識の確立と、それでも相方以外の人に恋してしまうある意味プリミティブな衝動とは、きっと両立もしくは同居しうるものなのかもしれない。ただし、その両者はある種のパワーバランスの上に成立しているのであって、心のシーソーが恋に傾いてしまった時、すべてが破綻するリスクを伴っているのだと思う。もちろん、破綻のあとに再生が待っている可能性も充分あるのだろうけれど。

好きになった、結婚した、それで充分だ、というシンプルな心を持てる人は、おそらく最高の部類に入れてもいいような幸せな人なんだと思う。

つまりは結婚してからも、相手に惚れさせる努力が必要、ってことですかね。お互いに。

Last Update : 2003/11/26

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