漫画のこと。

漫画についてのいろんなこと。コミック書評、各種作品の読後感想、旬なマンガのお薦め、漫画評論の紹介、さらには論考、随筆(エッセー)、コラムなどなど、書き散らせればいいなぁ。
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『サムライダー』(5)

アメリカが「あこがれの国」だった時代は、確かにあったと思う。広い家、緑の芝生、大きな車。アメリカの映画やTVドラマに映し出される風景はとてもまぶしく、自分が住んでいる景色とのあまりの違いにため息をついていた。
今でもある程度、それは変わらない。でもいつの頃からか、ただあこがれるだけの国ではなくなってしまったのもまた、確かだ。
日本が追いついたのか、あるいはアメリカそのものが変わったのか。理由を探るのは難しいし、実はたいして意味がないのかもしれない。
『サムライダー』は、日本がアメリカの「51番目の州」になってしまった時代を描く。つまり、現在のような同盟国ではなく、属国ですらなく、惨めな諦念と荒廃した人心が支配する「アメリカにとりこまれてしまった日本」である。
もちろんそこに描かれているのは「現在の延長線上にある日本」であり、日本人としてのアイデンティティの喪失をテーマとしている。
日本人としての精神的な自立を問いかけ、ただ後ろ向きに暴力や蛮行だけでしか自己の存在を確認できない悲しい日本人を、サムライダーは容赦なく切り捨てる。それは粛正を超えて、ある意味で解放であり救世なのかもしれない。
サムライダーが切るのがすべて「首」であることまた象徴的で、切腹すらできない日本人を斬首することによって介錯しているように読み取れてしまう。

たとえば『沈黙の艦隊』や『太陽の黙示録』でかわぐちかいじが描くのは、為政者への批判であるとともに、日本だけではなくアメリカなどの大国に対して真っ向から知力と胆力と矜恃をもって理想のために闘う日本人だった。

けれど、『サムライダー』はただ首を落とすという行為のみでメッセージを残す。なぜ切るのか、なんのために切るのか、その理由を考え、サムライダーに対抗することこそが、実は日本が日本であるために必要な「なにか」なのだ、と。

アメリカにあこがれと畏怖を持っている世代にとって、また、日本という国にあこがれを持てなくなってしまった世代にとって、そのメッセージは痛烈であるとともに深刻でもある。

【懺悔】
実は同じ作者、同じタイトルの“前作(?)”を読んでいません...。
おもしろそうなので読んでみたいとは思っているのですが...。

サムライダー』(5)すぎむら しんいち/講談社
author : uriu | 過去録 | comments (0) | trackbacks (0)

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