漫画のこと。

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浦沢直樹の描く「眼」。

旧聞に属してしまうけれど、『PLUTO』が話題になっている。
もちろん、まだ一巻しか発売されていない(=一巻しか読んでいない)ので、『PLUTO』そのものではなく、以前から思っていた浦沢直樹の描く「眼」について書いてみた。
浦沢直樹の『PLUTO』は、言うまでもなく手塚治虫の代表作の一つ『鉄腕アトム』のリメイクというか、オマージュというか、リスペクトというか、つまりはそれら全部を含んでさらに浦沢流の味付けをたっぷり施した作品であり、ハードボイルド風の重いトーンで物語は進行する。

もともと、浦沢作品に通底しているのはシリアスなテーマであると言ってよく、たとえばほぼすべての主要なキャラクター(以下、「彼ら」と呼ぶことにする)が、タレ目でマブタが半開きなのも、気怠さ以上にニヒリスティックな心理傾向を表現するのにとても効果を上げていたりする。(ちなみに『YAWARA!』は浦沢作品の流れからはちょっとだけはずれているような気がするので、ここでは敢えて触れないでおく。)

おそらくそれは、彼らが「不本意ながらも“なにか”に立ち向かう」ことを使命とされてしまっている、という設定のための、自然な表現なのかもしれない。

彼らは、静かに、淡々と“なにか”と対峙し続ける。自分に課せられた運命を、幾分かの諦念とともに受け入れざるを得ないように。激流に流されたとき、流れに逆らって上流に向かって必死に泳ぐよりも、むしろ下流に頭を向けてある程度流れにあわせて泳いだ方が賢明であることを知っているかのように。ただしそれはただ単に流されている、ということではなく、固く、そして悲しい決意を持った行動でもある。

けれど、時として感情が爆発するときもある。泣き、喚き、笑い、叫ばずにいられないときの彼らの顔は、普段が静かな分だけ、読者に痛烈に、そして切実に届き、彼らと読者は一つの感情をシームレスに共有することができる。

そんな彼らの立場、性格、意志、感情、その他いろんなことが、あの「タレ目で半開きの眼」に集約されているように思われてならない。つまりそれは演出という以上に、一種の“仕掛け”なんだろう。

「タレ目で半開きの眼」は、どこか悲しげだ。

(補遺)
『PLUTO』の書評を読むと、大まかな論調の傾向として「手塚治虫が描いた原作をより深く、重厚で読み応えのある云々」となっているような気がする。けれど、これは至極当然のことであって、原作はあくまでも子供向けの作品、本作は大人向けの作品、と、そもそも立っている地平が違うのだから。
おそらく手塚治虫が自分の原作を大人向けにリメイクしたら、本作とはまったく違うものではあるけれど、でも「より深く、重厚で読み応えのある」作品になっていたと思う。以上、余談として。

『PLUTO(1)【豪華版】』浦沢直樹/小学館 [Amazon]
author : uriu | 過去録 | comments (0) | trackbacks (0)

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